Graphic Design & Coordination

Menu

Filter

Social

ヨコハマトリエンナーレ2020レポート(白尾芽)

こんにちは、編集・執筆を担当している白尾です。今回は、7月17日に開幕したヨコハマトリエンナーレのレポートをお届けします。

今年のタイトルは「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」。インドのニューデリーを拠点とする3人組「ラクス・メディア・コレクティヴ」がアーティスティック・ディレクターを務めています。今回は、中心となる横浜美術館、プロット48の見どころをご紹介します。

会場を訪れる前におすすめしたいのが、ウェブサイトで配布されている「ソースブック」に目を通すことです。今回のラクスによるキュレーションの特徴は、ひとつの与えられたテーマではなく、複数の「ソース」をアーティストや鑑賞者と共有すること。「ソースブック」には、独学・発光・友情・ケア・毒、という5つにそれぞれ対応するテキストが収められています(たとえば「独学」なら、寿町の日雇い労働者にして哲学者だった西川紀光への聞き取りを収めた本から)。

ニック・ケイヴ《回転する森》

横浜美術館

さてここからは、いくつか作品をピックアップしてご紹介します。

ローザ・バルバは、35ミリフィルムの巨大な映写機を用いたインスタレーションを展開しています。スクリーンに映し出されるのは、北アメリカ各地に存在する放射性廃棄物の貯蔵管理施設。ヘリコプターで旋回しながら荒廃した土地を撮影する映像は、映写機が動く音や立体的な音響とあいまって、タイトル通り「地球に身を傾ける」経験をもたらします。その向かいからはチェン・ズによる「たそがれ時」の光がプロジェクターから差し込み、左側の向かいにあるレイヤン・タベットの拓本の作品も、大地とそれを取り巻く長い時間、地中に埋まっているものの存在を想起させます。

展示室を出たところにあるのは、宇宙放射線が大気に衝突して生じる「ミュー粒子」を捉えるキム・ユンチョルの《アルゴス》です。荒野に打ち棄てられたもの、宇宙から絶え間なく降り注ぐものなど、見えないものたちのさまざまな運動が「発光」によって可視化されます。

ローザ・バルバ《地球に身を傾ける》

次の展示室の中心にあるのは、ズザ・ゴリンスカ《ランアップ》。見慣れないその地形に足を踏み入れてみると、とてもふかふかしていて、自分の運動が吸収されてしまうような感覚をおぼえます。隣の壁のニルバー・ギュレシの作品では、女性たちが「知られざるスポーツ」をしています。スポーツ、そして「女性」に求められる厳格なルールがここでは脱臼され、もとの役割から開放された日用品や体育館の風景、人々の姿がとても軽やかにうつります。

円形の吹き抜けに配置されたタウス・マハチェヴァの《目標の定量的無限性》も、同じくスポーツをモチーフにしながら、現代社会における身体、規律、統制を問うものです。「一刻も早く出たい!」と思うような抑圧的なフレーズが絶えず響く空間を出ると、エヴァ・ファブレガスの《からみあい》がのびのびと空間に横たわっています。ラクスは、この作品との出会いを経て、無数の腸内細菌に思いを馳せながらキュレーションをしたのだとか。ここでは、社会におけるあまりに大きな力と、いまも自分の体内で動いている細菌たちが同等のスケールで語られます。お腹が痛いとき、果たして私の身体を動かしているのはいったい誰なのでしょうか?

中央がズザ・ゴリンスカ《ランアップ》、左がニルバー・ギュレシ「知られざるスポーツ」

エヴァ・ファブレガス《からみあい》

プロット48

元アンパンマンミュージアムである会場から色々な物が運び出され、剥がされた跡に、ファラー・アル・カシミは「よくわからないもの」を貼り付けます。女性たちの姿やアラビア文字の広告、骸骨のような食べ物といったイメージは、ヒーローや子どもたちの歓声を失った廃墟に、精霊たちの場所をつくり出しているようです。そして、さらにこの場所を「雑多」にするのが、隣りあうエレナ・ノックスのインスタレーション。展示室やトイレに、完璧に整備された水槽で生殖活動をやめてしまうエビのための、「ポルノグラフィー」のアイデアが並びます。

ファラー・アル・カシミ《ジャジラ・アル・ハムラ2020》

精霊やポルノグラフィー、溢れんばかりのエネルギーと対置されるのが「宇宙」です。オスカー・サンティランの作品に埋め込まれているのは、ニール・アームストロングが噛んでいたというガム。ラス・リグタスは人形や小さなオブジェクトたちの戯れ、SNSでの配信など、ベッドルームでの親密な見えない他者とのやり取りを垣間見せます。目についたのは、レコード盤の上で回る「エイリアン」。たとえば、難民として地球にやってきた宇宙人を描いた映画『第9地区』では、宇宙人たちは俗称として人間から「エビ」と呼ばれ、迫害されています。人ならざる(と私たちが考えている)ものたちと人間との境界、そしてそれをめぐる倫理とは、という問いが、会場全体を通して浮かび上がってくるような気がしました。

まだまだ書ききれない作品があるほど、今年のヨコトリは盛りだくさんの内容です。プロット48は、横浜美術館の予約と同日であればいつでも入場できるため、先に回るのもおすすめ。私は1日かけてもすべて見られなかったので、今度は映像作品をメインにまた見に行こうと考えています。会場では事前予約制による人数制限・検温・除菌などしっかり対策もなされているので、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

ラヒマ・ガンボ《タツニア物語》